友人に紹介してもらったイスラエル人とパレスチナ人が共に活動しているNGO Itach Ma’akiのハイファ事務所にお邪魔しました。女性弁護士により2001年に設立されたこちらの団体は主にイスラエル社会における様々な社会集団の女性の権利や社会参加に主眼を置いた活動を行っています。
他にもイスラエル人やパレスチナ人、超正統派ユダヤ人、エチオピア系ユダヤ人、ロシア語話者コミュニティなどを含む多様なイスラエル社会において、多文化やジェンダーの議論を促進する活動を行っています。また、イスラエル南部ネゲブのベドウィンコミュニティやパレスチナ西岸南部の入植活動が活発な地域においても現地の人々の支援を行っています。ちなみにNGO名はヘブライ語とアラビア語の「あなたと共に」という意味の言葉を併記したものです。
今回話をお聞きしたパレスチナ人のニダさんとイスラエル人のネッタさんは、団体内で主にUnited Nations Security Council 1325(UNSC1325)というプロジェクトに共同ディレクターとして携わっています。UNSC1325には、①女性の保護、②女性の政策意思決定への参与、③紛争の予防の3つの柱があり、彼らはそれに則ったアドボカシー活動などを行っています。
女性の保護
深刻な人権や女性の権利の侵害からの保護やそれに対する意識啓発を行う女性の政策意思決定への参与
国の政策決定における女性のさらなる参与や発言力を向上させる紛争の予防
紛争予防のための外交的、社会的な議論の中に女性の視点や意見を反映させる
活動で直面する困難
現在のイスラエルは高度に軍事化され支配的な社会になっていて、その影響は治安のみならず政治や経済、教育などあらゆる分野にまたがっています。その中で人権や女性の権利について議論していくことは非常に困難です。
例えばコロナ禍において、政府はパンデミック発生後すぐに23名からなるコロナ対策専門家チームを結成したのですが、その中には女性の専門家が一人もいませんでした。コロナ禍が女性を含む市民全体の危機であったにも関わらずです。他にも福祉や公衆衛生などの分野においても男性中心の傾向がみられます。
この様に軍事化されて社会全体が偏狭になっている状況の中で、女性を始め様々な立場の意見や考えを反映させることは非常に難しいです。
またパレスチナ人の視点から見ると、ガザや西岸のパレスチナ人のみならず、イスラエル人口の20%以上を占めるイスラエル国籍を持つパレスチナ人が直面している困難があります。1948年にイスラエルが建国された際にイスラエルの市民権を得たパレスチナ人が多くいるのですが、実のところ二級市民という扱いを受けていて、表現の自由を始め様々な点で不平等な状況におかれています。
この様な状況の中でも、Joint Leadership Programというものはある程度の成功を収めています。これはイスラエル人やパレスチナ人を含む社会全体を構成する様々な人々の考えや視点を取り入れ反映させる取り組みです。これは社会にある問題を議論し適切な解決策に導く上で非常に重要で、そのために様々な地域、多様なバックグラウンドを持つ人々が議論に参加できる様する必要があります。
現在のイスラエルは社会の中心にいるユダヤ人の意見が反映されがちで、二級市民の扱いを受けているパレスチナ人などの意見は無視されがちです。イスラエル・パレスチナ紛争について議論しても、一番の解決策は「イスラエルとパレスチナの二国家共存の形にして、その後パレスチナ人はイスラエルに残るか、パレスチナに行くかを決めれば良い」といった論調が主です。でも実際はそれだけが選択肢ではありません。
意思決定のプロセスの全てにイスラエル人やパレスチナ人などあらゆる立場の人々を組み込んで多様な視点や意見を反映させることが大切です。
市民の証言を集める
基本的に主要マスメディアの報道の中で女性の声というものはあまり聞こえてきません。イスラエル・パレスチナ紛争においても治安や軍事予測などに関する報道が中心です。その様な中で私たちは女性の声にフォーカスしたプロジェクトを実施しています。これは戦時下のコロンビアで現地NGOが行っていた女性の証言を集める取り組みに習って実施しているものです。
コロンビアのNGOは女性の証言を集めて戦争が女性にいかなる影響を及ぼしていたかを示し、女性の意見や視点を和平交渉の中に盛り込むことで実質的な和平合意へと繋げていました。
そこで私たちもイスラエルとパレスチナ双方の人々の証言を集め、紛争や占領が人々にどういった影響を及ぼしているのかを示そうとしてます。西岸南部へブロン近郊に位置するマサーフィル・ヤッタでインタビューを行い証言を集めるプロジェクトを始めました。
イスラエル軍はマサーフィル・ヤッタ周辺を軍事演習場とし、大半の現地パレスチナ人を追い出しています。この地域の問題は世界的にも報道されていますが、ただ女性が置かれている状況に関してはあまり取り上げられていません。そこで私たちはそこで暮らす女性にフォーカスして証言を集めています。
現地女性のインタビューに際し、彼女たちが日常生活の中で直面している困難に着目して話を聞いています。それにより現地の人々が日常的に晒されている入植者による暴力や脅威について知ることができます。そういった被害に関する情報はもちろん重要なのですが、それ以上に厳しい状況の中で彼女たちがどの様にして問題に対処したり解決を図ったりしているかという情報や視点も非常に重要です。
例えば、学校が遠いにも関わらず通学のための交通手段がなかったり、入植者による暴力の脅威があったりする中で、女性達が子ども達が教育を受けられる環境を整えたというケースもあります。
こう言った証言を何百何千と集めることで、それらが女性を政策意思決定の場に立たせるための圧力になります。現状、政策の意思決定や政治の世界は男性優位の状況にあります。そこに女性の考えや意見を反映させることで、新しい視点が生まれ、紛争問題の理解や必要とされる支援ニーズの把握が促され、より適切な解決策の立案に繋がります。
そのため現在、私たちは集めた証言を蓄積するデータベースを作っています。さらにSNS上などでも証言を集めていて、既にその数は1500以上に上ります。そして、このデータベース構築のための基金も募っていて、世界中の大学や研究機関などとのパートナーシップの構築も模索しているとことです。
マサーフィル・ヤッタで実施しているこの証言を集めるプロジェクトは、イスラエル南部のネゲブ砂漠で暮らすベドウィン女性に対しても行っています。いくつかのベドウィンの村はUnrecognized Villagesと呼ばれる政府非公認の村とされていて、インフラなどの社会的サービスが受けられず、避難シェルターもなく、地図上にすら載っていません。そのため、それらの村で暮らしているベドウィンの人々はスラエルの市民権を得られず法的な保護も受けられません。
他にもインタビューの対象を拡大して、イスラエル軍で働く人の妻や夫、母などの証言も集めて兵役がその家族に与える影響も検証しています。
人間の声を聞く
イスラエルとパレスチナの問題は10月7日に始まった訳ではなく、75年以上に渡る占領の中で起きていることです。ただ、今回の戦争が始まった後すぐ起きたことは市民に対する弾圧や検閲です。私たちが上げている声に対してもです。イスラエルの占領政策に対して反対の声を上げることや、軍事によるものではない平和的な問題解決を求める声を上げることがますます難しく、より高いリスクを払うことになっています。
特に私はパレスチナ人なので逮捕や嫌がらせなどを受けるリスクが高いです。幸い今の所その様な目には遭っていませんが、暴力に晒されたNGOも中にはあります。そのため国際社会には武器や軍事に資金が流れない様な支援をしてもらいたい。人々や政府にはもっと平和に対して投資してもらいたいと思っています。
しかし、残念ながら何十億ドルもの資金が軍やミサイル、ロケットなどの武器に流れています。何十億もある内の1億だけでも人々が求める実質的な平和に投資してほしい。誰も戦争など望んでいません。
安全の為の戦争はうまくは機能しません。イスラエルは何十年にも渡り多額の資金を軍事に充ててより軍事化した社会を作りましたが、それにより社会はより安全になることはありませんでした。イスラエルはそういったやり方を止め、他の選択をするべきです。
その為には、社会全体を構成する市民が何を求めているのかを理解する必要があります。あらゆる立場のパレスチナ人が何を求めているのかを知らなければなりません。そこにはハマスも含まれます。イスラエル人においても同じで、そこには極右政治家や入植者も含まれます。全ての人を考慮した上で交渉のテーブルにつく必要があるのではないでしょうか。
だから私たちは国際社会に対して軍事によるものではない、市民レベルの平和的な紛争解決の取り組みを支援してもらいたいと思っています。
私たちは以前、10月7日のハマス攻撃で犠牲となった平和活動家ヴィヴィアン・シルバーと活動を共にしていました。彼女が亡くなった後、多くの反戦デモに参加していたのですが、その時に周囲の人たちから「なぜあなたはここに立っているのですか?」と聞かれることがよくありました。
そんな中で、かつてヴィヴィアンが「私たちは人間の声を聞く必要がある」と言っていたのを思い出します。イスラエルやパレスチナ西岸、ガザで暮らす人たちの声を聞くことは多大な努力を必要としますが、それをせずに単純にイスラエルとパレスチナと分けて考えてはいけません。その中には様々な立場の人々が存在しています。
イスラエルが75年以上続けてきた軍事化や戦争は問題解決のための手段ではありません。適切な解決手段は、今戦争の影響を受けている市民一人ひとりの声を拾って広げていき、実質的に人々が必要としていることを知り、それを実践していくことに尽きると思っています。